補習塾ぬまーの寺小屋

脱カンペキ主義!必要なところを抑えた7割勉強でOK

ミャンマー国軍クーデターから、アウンサン・スー・チー氏の歴史を簡単に振り返る

本日は、最近ニュースで話題のミャンマーについて。

 

目次

 

ミャンマー国軍クーデターの現状

f:id:nummerorange:20210205140441p:plain

ミャンマーとは東南アジアの国。タイのお隣さんですね。この国で今大変なことが起きています。

 

ミャンマー国軍によるクーデターです。

・与党幹部や国家顧問を拘束

・インターネットの遮断

・ATMの使用困難

 

もう大パニックです。さて、なんでクーデターが起きたのでしょうか。

 

クーデターのきっかけ 

きっかけは選挙です。

ミャンマー最大与党が圧勝し、国軍が絡んでいる野党は負けました。その結果に納得いかないということで、国軍が無理やり制圧したというわけです。

 

・民主主義において、あらゆる国の方針を決めるには話し合いが必要。

・その中で影響力を持つには、たくさんの議席が必要。

・圧倒的に負けしまうと、今後国の方針に影響力をもてなくなる。

このように国軍が焦った結果でしょう。

 

うん、怖すぎる。最近アメリカでも、「不正選挙だ!」と言ってトランプ支持者が議会占拠とかありましたよね(もちろんあれとは事情が異なりますが)。

 

本来国を守るはずの国軍が与党と仲が悪いのはビックリ!

と思う方もいるでしょうが、歴史を振り返ると、国軍と民主主義勢力は長らく戦っています。

 

民主派vs軍事政権の歴史

民主主義勢力のリーダー格・アウンサンスーチー氏に注目してみましょう。

彼女は現在、「国家顧問」という国のリーダー的役職を務めております(大統領とは別)。彼女の支持は絶大。それには彼女の過去が大きく関係しているのです!

 

まずは30年前を振り返りましょう。

1989年から1995年まで、彼女は国軍によって自宅に軟禁させられます(その後も軟禁されました)。なぜかというと、彼女は民主化運動の指導者で、軍事政権を進める国軍からしたら邪魔だからです。

 

それでも耐え抜いたのが彼女。そりゃあ国民は支持しますね。

 

でも、彼女を支持する理由はまだあります。

それにはさらに前の時代へ遡ります・・・

 

1948年。第二次世界大戦が終わってもなお植民地だったミャンマーは、ついに独立しました。ちなみに支配していた国はイギリス。香港デモの時も登場しましたね!

www.numa-terakoya.com

 

ミャンマー独立に導いた男の名は、アウンサン

 

・・・あれ?さっき似たような名前を聞きましたね。そう、彼の娘こそがアウンサン

スーチー氏なのです!!

「建国の父」とまで言われているアウンサンの娘。しかも父の意志を継いで民主化運動の指導者を担う。だからこそ彼女は絶大な支持を受けるのです。

 

国軍とのトラブルを乗り越えたと思えば、またもや今回のクーデターで拘束された彼女。世界からは国軍への非難の声であふれかえっています。早く解放されて欲しいですね。

 

人には複数の側面がある

以上を振り返って思うこと。

それは、一つの側面だけで人や歴史を判断しないで欲しいということです!

 

上記だけ見れば、アウンサンスーチー氏は国のために理不尽な状況に立ち向かって素晴らしい方。実際、ノーベル平和賞も受けています(当時は自宅軟禁中というとんでもない状況)。

 

しかし、別の立場の人から見ると見え方が変わります。

それがミャンマーの少数民族「ロヒンギャ」の方です。今回のクーデターとは関係ありませんが、彼らはミャンマー国軍ら治安部隊によって虐殺されたことでニュースになりました。もちろん、この治安部隊にはアウンサンスーチー氏も絡んでいます。

 

ミャンマー国民のほとんどは仏教徒。その中でイスラム教徒という少数派のロヒンギャは、市民権も与えられていません。国から見放された民族と言っても過言はないでしょう。

 

アウンサンスーチーの民主化運動は「国民のため戦った」と言えますが、その"国民"にロヒンギャの人たちは入っているのでしょうか。そんな怪しい側面も残ります。

 

現在も事態は緊迫しており、どうなるかわかりません。

・選挙不正の真相

・クーデターの末路

・ロヒンギャの人権

無視できないことばかり。今後も深掘りしていきます。

 

YouTubeで詳しく解説しています!

www.youtube.com

 

勉強メモを載せてます!

Instagram

たまにつぶやきます!

良かったと思ったらクリックしてね!

にほんブログ村 教育ブログ 小学校教育へ
にほんブログ村